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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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浦戸城跡

                                高知県キリシタン関連史跡

サン・フェリペ号事件の舞台の一つ


戦国時代に長宗我部元親が居城とし、山内一豊も高知城に 移るまで暮した城。
1596年サン・フェリペ号が浦戸浜に漂着した際に、長宗我部元親は息子と共にこの城から出て行き、多数の舟を出して、サン・フェリペ号を港に曳航しました。


浦戸城跡

浦戸城跡


長宗我部元親は四国を平定した戦国大名ですが、平定後に豊臣勢に攻められて豊臣秀吉に臣従を誓いました。

1591年に浦戸城に本拠を移し、92年からは文禄慶長の役にも従軍しました。1596年のサン・フェリペ号事件に際しては、秀吉の意向を汲んで、豊臣奉行の増田長盛と船の積荷を没収するなどしました。

サン・フェリペ号の乗組員がこれに抗議し、抗議の時に「南蛮人は先に宣教師を送って、後でその国を植民地にするのだ」と言ったされ、それによってキリシタンが処刑されることとなりました(26聖人の殉教)。乗組員がそのような実際と異なる不穏当な発言をするメリットはなく、そんなことを言えば不利な立場になることが明白であるにも関わらず、「植民地にする意志がある」などと言う理由がありません。

高価な積荷を没収して、秀吉に献じることを正当化し、その狙いを糊塗するために、キリスト教徒に濡れ衣を着させたことであろうと解せられます。


浦戸城跡
浦戸城跡
浦戸城跡
浦戸城跡



 
現地への行き方
南はりまや橋から高知県交通「桂浜」行きバスに乗り、「龍馬記念館前」より徒歩1分。桂浜へ向う道の途中にあります。現在、国民宿舎「桂浜荘」と坂本龍馬記念館の建っているあたりが本城だった所です。



この地図は大体の位置を示すものです。訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

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