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板垣退助帰朝記念碑

                                高知県クリスチャン関連史跡

板垣退助が帰国したことを記念して祝砲


1883(明治16)年8月、板垣退助が外遊先から帰った時のことを記念して建てられた碑。
自由党員3千人余りが船に乗って出迎え、万歳を叫んで祝砲を鳴らしたということです。


板垣退助帰朝記念碑

板垣退助帰朝記念碑


板垣退助は1872(明治5)年、征韓論に敗れて下野した後、自由民権運動の中心となる立志社を作り、高知と東京を行き来しながら政治活動をしました。

1881(明治14)年、10年後に帝国議会を開設するという詔が出されたのを機に、自由党を結成して総理(党首)となりましたが、全国遊説中に訪れた岐阜で遊説中に暴漢襲われ、「板垣死すとも自由は死せず」という言葉の元になることを言ったことはあまりにも有名です。

自由民権運動の激化で加波山事件が起き、自由党を一旦解党したのが1884(明治17)年10月ですから、外遊から帰ったのはその前年に当たり、自由党が最も栄えていた時期でした。そのためこのような盛大な出迎えと祝宴が設けられ、後年記念碑までが建てられるようになったものと見られます。


板垣退助帰朝記念碑
板垣退助帰朝記念碑
板垣退助帰朝記念碑
板垣退助帰朝記念碑
帰朝記念碑解説文
帰朝記念碑解説文
浦戸湾
浦戸湾



 
現地への行き方
電停「桟橋通四丁目」下車後、東へ徒歩15分ほど。住所は高知市新田町2です。



この地図は大体の位置を示すものです。訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

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